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ホスト部雑感(番外編)
軽い頭を捻って、未練がましくもうんうん言いながらホスト部12話について、ひいては作品全体の姿勢について考えていたわけで。原作との相関関係にまで及び、泥沼にはまっているという…(あほですね。つか書くぐらいなら買えよ。それもこれも、両方の「ホスト部」を分析したすんばらしい記事を読んでしまったからで。)

前もちらっと書いた気がするけど、この話は基本的に異文化コミュニケーションの話だと思っている。(庶民と金持ち、一般人とホスト、一般人とオタク…等々。)そして他人の話を聞きなさい、というのを言いたいのかと。

今話を観て感じた違和感は、例えるならニュース番組の乙○ロードの特集みたいなものに対するものに少し近い。つまり、腐女子ってこういうもんなんでしょ?という安易な決め付けと言おうか。(そもそも、女子のオタク=腐女子という公式もいい加減何とかして欲しい、とは別の話。)
けれどこの作品においては、すでに4話でキャラ萌え(対象をステロタイプに落とし込んで愉しむ)及びやおい/BL萌えという行為に対する言及がなされているわけで、その時に提示された処置法は「枠だけで他人をはからない」というものだった。しかしその結果れんげ女史は、アドバイスをくれたハルヒ萌えしてしまう。それは一見まったく進歩のない行動で、彼女(たち)の「病」の深さを感じさせる…と思えるが、実はそれだけではない。それまで彼女は自分の妄想を対象に押し付けて従わせていたわけだが、生身の彼らとも交流する事で妄想と現実世界を両立させる技術を体得していくのだ。それが、うきゥドキめもりある(だっけ?)の主人公が言う「本当の意味でのレベルアップ」なのである。(その証拠に、5話で彼女はホモは「別腹」と言う。)
そもそも原作ではゲストキャラのれんげ女史をどうして準レギュ化させているか、と言ったら単に動かしやすい(絵的にも)キャラということだろうがさらに、オタク・腐女子・妄想家といった側面からの解説人:ホスト部にとっての異文化ウンディーネという意味も付け加えられて…いて欲しいと思っていたのだけど…。今回で自信が無くなったかも。
こういうのがイイんでしょう、といういかにもあからさまな今回の話は、もしかしたら腐の人たちの眉をひそめさせ、不愉快にさせる事こそが目的だったのだろうか。4話の意趣返しか。
人間関係において、少なからず相手を理想化して(もしくは何らかのバイアスをかけて)交流する事はどうしようもないことであって、恋愛もその延長線上にある。毎回のように上映される環のハルヒ脳内劇場だってその象徴であるわけで、それはれんげ女史の妄想とおあいこって事で相殺してくれてるんだと思ってたんだけどな。

ちなみに原作には、そう簡単に癒しの物語にしてたまるか、という主張が込められている気がした。シリアス展開&過去のトラウマはもう飽き飽きだよっていうけっこう挑戦的な試みがなされている感じ。
それに対して五十嵐監督と脚本:榎戸氏の提げる「擬似家族としてのホスト部の在りよう」というのは原作ファンの方からすると疑問符のようで。けれど、アニメの脚本って解りやすくすることが重要(涼宮ハルヒ#12なんかでも、ヒロインの内面とキョンの態度をはっきりさせてる。)だから仕方ないのかもしれませんよ…なんて声低に言ってみたり…。

うーん、何だかうまくまとまらないので諦めます。中途半端だなあ。

追記:そういえば、何が気に喰わなかったのか具体的に書いてなかった。普通に考えて、好きになった相手がガチだったら打ちひしがれるんでないかな、という部分です。で、お客さんの女の子達が皆もえちゃってる所はやはりマズイと思いますよ。(原作はバレンタインの話で、気持ちには応えられないけど~っていうモリ先輩のフォローがあったらしい。)
ま、色々考えずに萌えとけって事ですか?でもそれはちょっと性質が悪いと思うんで、こうしてつらつら書いてるわけなんですけど…。

ところで、次がアリスみたいな話だからウサギを持ってきたのかな。前回のベルゼネフには及ばないんだけど、今回のうさちゃん縫いぐるみも微妙に表情が変化してた。かわいい。
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【2006/06/22 19:13】 | 桜蘭 | コメント(0) | page top↑
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